家族関係

以下の文章は作品からの抜粋です。近藤 健の人生の時間に沿って5つのエピソードを抜き書きしました。

📚中学生になる私の娘(当時)は、ヒラヒラしたスカートを穿かない。パンツが見えそうになるから嫌だという。女の子なんだから、たまにはスカートの方がいいよ、といっても頑として聞かない。そんなにパンツが見えるのが気になるなら、パンツ穿かなきゃいいじゃないかというと、軽蔑の眼差しが矢のように突き刺さってきた。
(近藤 健「スカートの中」より抜粋)

📚いつになく神妙な顔で妻がもちかけてきた。「石岡さんと一緒になりたいんだけど、どう思う?」どう思うって……。石岡は妻の入院仲間で、サラリーマンだったが、すでに休職期限が切れて解雇されていた。妻が抱える闇の深さを、改めて突きつけられた思いがした。その後も私は、根気よく妻を説得し続けた。破滅の道は、誰が見ても明らか。半年ももたないよ。誰が食事を作るの。掃除は、洗濯は、買い物はどうする。風呂だって……。何年も前から、妻の入浴の介助は私がやっていた。離婚したら、もうお仕舞いなんだよ、と。「健康な人にはこの気持ち、わからないわ」密かに身の回りの整理をし始めていた妻が、とうとう家を出た。(近藤 健「妻と別れて」より抜粋)

📚「ゴメン、また、失敗しちゃった」といって見た目の悪い料理をテーブルに並べる。そんな夕食を、娘は嬉しそうな顔で食べる。「チチの料理、おいしいね」 娘のそんな声を聞きながら、私は自然体を装うようにして天井を仰ぐ。あふれる涙をぬぐっていた。気を抜くと嗚咽(おえつ)しそうになった。(妻の)長い闘病生活の中で、高校生になった娘の弁当まで作っていた。
(近藤 健「チチの料理」より抜粋)

📚妻が出ていった1年後、私は転勤で東京を離れ北海道へきた。それまで生活を共にしていた大学生(当時)のひとり娘は、東京に残した。娘のアパートを捜し転居させた後、自分自身の引越しの準備をしていた私に、娘が涙ながらに訴えた。「再婚はしないで欲しい。私の実家はチチ自身なの。私のふるさともチチなの。だから、私の居場所をなくさないで」そんな内容だった。そのときは私自身も、もう結婚はこりごり、再婚などありえないと思っていた。✑編集者記:今の近藤 健にはワイフが寄り添っている。
(近藤 健「おっさんの恋」より抜粋)

📚やがて娘も結婚し、会うのは年に1度になってしまった。久しぶりに娘と過ごすことがあると、「ねえ、おにぎり作ってよ。あれ、おいしいんだよね」 甘えた声で夜食をねだってくる。「太るぞ」といいながら、重い腰を上げ台所に立つ。濡れた掌(てのひら)にサッと塩を塗り付ける。久しぶりだが、手がその感触を覚えている。小さめのおにぎりを握りながら、そっと涙をぬぐう。(近藤 健「チチの料理」より抜粋)